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「Last Christmas」は聴き飽きた

  まだクリスマスまで2週間以上あるというのに、出先で必ず聴かされるWham!の「Last Christmas」には12月6日にしてすでに辟易しているのだけれど、この最も有名なクリスマスソングはハロウィンの翌日である11月1日から各地でクリスマスの商業主義の一翼を担っているのだから、すでに「Last Christmas」に飽きているというのも僕個人に限定される現象ではないと思う。

 「Last Christmas」は聴き飽きたものの、Wham!自体は昔から変わらず本当に好きだ。やはりWham!の曲のクオリティの高さはジョージ・マイケルのリファレンスの豊富さに起因するのだろう。彼のソングライティングに50s、60sへの目配りを感じ取るのは容易だし、そういう意味で彼らの作品は周到である。

  Wham!のデビュー作のライナーノーツで彼ら自身のルーツをより明確に語っていたのは意外にもジョージではなくアンドリューだった。「影響を受けた音楽は?」という質問に対しジョージは「タムラ・モータウン」と答えたのだが、ソングライティングに一切関与していないアンドリューの「77年から79年のディスコ音楽」という回答の方がよほどWham!というグループの本質を突いているように思える。もちろんジョージの才能を育てたのはモータウンかもしれないけれど、「77年から79年のディスコ音楽」から受けた影響こそがWham!Wham!たらしめている要素ではないか。これは個人的な考えだけれども。

  ジョージとアンドリューの二人が少年時代を過ごした東イングランドハートフォード州ブッシーはロンドン中心部から25キロ程度の距離にあり、40分もあれば電車でロンドンまで行けるらしい。遊び人風情のアンドリューが10代の頃に毎日のようにディスコに通っていたことは想像に難くなく、彼はそこでThe Miraclesの「Love Machine」(1975)やAce Spectrumがカバーした「If You Were There」(1974)も幾度となく聴いたに違いない。学生時代は太っていて内向的だったというジョージにしてもディスコに通うことはなかったかもしれないけれど、それらの曲に加えてThe Sylversや後期のThe Supremesなどは当然聴いていたはずで、そういった音楽の趣味の一致をきっかけに二人は親交を深めたのだろうか。

 「Last Christmas」の歌詞は恋人にフラれたナードの心の機微を描いた暗い内容なのだけれど、サウンド自体はシンプルそのもので、こんな単純な曲を発表していいものかと心配するジョージに対し、横でサッカー観戦をしていたアンドリューが一聴してゴーサインを出してリリースに至ったというエピソードを知ったときは、アンドリューはやはり只者ではないと関心したものだった。

 アンドリュー・リッジリー氏、現在は趣味のヨットを楽しみながら印税で悠々自適な生活を送っているらしい。もはや嫉妬すら湧かない……。

  

「インスタント占いツクレール」の思い出 (1)

 

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「インスタント占いツクレール」

 

 「インスタント占いツクレール」および姉妹サイトである「アドベンチャーゲームツクレール」(以下この二つを総称して「ツクレール」とします)が2016年11月30日をもって閉鎖されます。2009年頃の全盛期にはこれらのサイトにも非常に多くの人が訪れていたのですが、今回の閉鎖は全くと言っていいほど話題にならず、非常に寂しい最期となりました。

 「ツクレール」の歴史は2002年の「インスタント占いツクレール」の開設に始まります。「インスタント占いツクレール」は運営側による説明を借りると「人気のキャラ系占いが、あっという間に作れる便利サイト」であり、必要事項を入力するだけで簡単な占いが無料で誰にでも作成できるという当時は珍しかった内容が好評を博し、次いで姉妹サイトとしてアドベンチャーゲームが作れる「アドベンチャゲームツクレール」も開設されました。「アンケートツクレール」というものもあるのですが、少し別物なのでこの記事では扱わないことにします。

 「ツクレール」はオリジナルの占い・アドベンチャーゲームが作成できるというサービスを提供していたのですが、作成した占い・アドベンチャーゲームにはそれらのメインとなるコンテンツだけではなく、コンテンツの利用者が感想を書くための「掲示板」も付随して設けられ、そのことから運営側が意図しなかった「簡易な掲示板の作成」という需要を満たすようになりました。

 

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「インスタント占いツクレール」で作成した占いのトップページとその「掲示板」

山田涼介が所属する平成JUMPはゼロ年代後半の「ちゃお」にも度々登場するなど彼と同年代である当時の女子小・中学生に人気だったため、時代性の表象と言えるかもしれない。この「"山田  涼介"」は「占いツクレール」で作成された占いで最も有名なものの一つである。

 


 「簡易な掲示板の作成」の需要がピークに達したのが2009年前後であり、当時は「ツクレール」において多数の「掲示板」が乱立し、それらの「掲示板」は「ツクレール」のトップページから確認出来る「アクセスランキング」と、他の「掲示板」に自分の「掲示板」のリンクを貼る「宣伝」のシステムにより「掲示板」間の行き来が可能となっていました。

 

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「ツクレール」の「掲示板」における「宣伝」の書き込みの一例

色のついた上部にハンドルネームとIPアドレス、また書き込みの日時が表記され、下部に書き込みの本文が表示される。ちなみに熱帯プリン(a.k.a.ほぉかべ)氏は2005年に「ツクレール」の利用を開始した人物であり、「皆で話そう鎌倉幕府」という「掲示板」の管理人だった。

 

 小・中学生による無数の書き込みが奇怪な人間模様を織りなすツクレールは、ネット上のチェアマン島」とでも呼べるような、スマートフォンSNSが普及していなかった時代の、しかも「モバゲー」・「グリー」・「前略プロフィール」に代表されるi-mode文化圏にも属さない小・中学生の局所的ネット文化の類型であり、その性質上得てして記録されないものだと思うのですが、個人的な使命感から筆を執った(キーボードを叩いた)次第です。(2)に続きます。

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続かないかもしれません。

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追記

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黒歴史ツクレールらしいです。